将軍・殿様の「正室と側室」奇妙な真実(1)藩主の隣にお妾・お由羅の墓がある (2/2ページ)

アサ芸プラス

「お由羅は薩摩藩の正式の記録では藩士の娘ということになっていますが、事実は異なり、由緒のある武家の養女という形にして町娘を引き上げたということです」

 ならば当時、江戸市中には、現在でいうスカウトマンがいたということなのだろうか。

「行儀見習いということで志願してきた町娘たちを採用していたのです。江戸城の大奥でも、女中の中で将軍とお目見えでき、世話をする御中臈(おちゅうろう)などになる娘さんは基本的に旗本の娘です。その下にいるのがだいたい、御家人の娘。そのもっと下の下働きをする女中は、みんな町娘だったり、豪農の娘なのです。旗本の娘などの場合には、高い地位に就くと、一生奉公なのですが、下の娘たちは年季が明けて実家に戻れば箔がつき、いいところにお嫁さんに行けるわけです。ちょっと語弊があるかもしれないけれど、今で言えば、大企業のキャリアウーマンで、秘書室にいました、というふうな感じです」

岡崎守恭(おかざき・もりやす):1951年、東京都生まれ。早稲田大学人文科卒業。日本経済新聞社入社、北京支局長、政治部長、編集局長(大阪本社)などを歴任。歴史エッセイストとして、国内政治、日本歴史、現代中国をテーマに執筆、講演活動中。著書に『自民党秘史 過ぎ去りし政治家の面影』。

「将軍・殿様の「正室と側室」奇妙な真実(1)藩主の隣にお妾・お由羅の墓がある」のページです。デイリーニュースオンラインは、島津斉興島津久光岡崎守恭お由羅騒動西郷どんエンタメなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る