江戸は小便が売れる時代、しかもトイレ丸見えじゃないか!超びっくりな日本のトイレの歴史【後編】
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前回は鎌倉時代と室町時代における日本のトイレの発展をご紹介しました。今回はいよいよ江戸時代のトイレのしくみをご紹介します。
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木片で尻ぬぐいですと!?超びっくり!な日本のトイレの歴史【前編】 禅寺はトイレに行くも修行!超びっくりな日本のトイレの歴史【中編】 屎尿がお金や食べ物に変わる時代!江戸時代に入ると、平安時代には捨てられていた屎尿が大きな価値を持つようになります。江戸では「小便買い」という職業が成り立っていました。
小便買い(出典元)
棒手振りのように片棒に小便桶、もう片棒には大根を乗せたカゴを担いで、小便をくれた人に大根を渡すのです。ほかにも街道沿いに落ちている馬糞を拾う「馬糞拾い」も立派な仕事でした。
地面に落ちているのは馬糞(歌川広重「名所江戸百景 内藤新宿」)
長屋のトイレは?平安時代からというもの個室トイレが全く姿を現しませんでしたが、江戸になりようやく個室トイレが登場します。長屋ではゴミ溜め・井戸と併設して、共用のトイレが1〜4戸ほど並べて建てられており、「後架(こうか)」「総後架(そうこうか)」と呼ばれていました。現代の仮設トイレに少し近いイメージでしょうか。
江戸の総後架 Wikipediaより
ところが見ての通り江戸の後架は上半分開いちゃってます。わざと覗く人は多くないとはいえ実質覗き放題だったので、春画の題材にも多く使われていますし、逆に見たくなくてもトイレ内の光景が見えてしまう場合もありました。
トイレで逢引する男女と、図らずしも見てしまい文句を言う男(出典元)
トイレの中の様子は?ちなみに、後架の中はこんな感じ。
立ててくっ付いている板は「金かくし」といって現在の和式トイレにも付いています。現代のものは覆うような形ですが、その原型です。元はというと、平安時代のポータブルトイレ「樋箱」についている鳥居のような「衣掛け」が転じたものだそうです。
参考文献:屎尿・下水研究会編「トイレ 排泄の空間から見る日本の文化と歴史」ミネルヴァ書房
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