稀勢の里を追い込んだ親方「確執地獄」と「ガチ相撲」怨念(2)兄弟子への非礼にブチ切れた (2/2ページ)
幕下に稽古をつけるなんて異例なこと。逆に言えば、稽古から逃げるやつが嫌いで信用しなかった」(ベテラン記者)
とかく稽古嫌いだった田子ノ浦親方の指導力不足は悲願の綱獲りにも影響を及ぼした。
「有名な逸話ですが、ちょうど6年前の初場所の4日目、NHKの正面解説をしていた舞の海秀平氏が『日馬富士と稀勢の里の差は師匠の差ですかね』と話していたが、まったくそのとおりだったわけです(苦笑)」(スポーツライター)
さらに、稀勢の里の心を凍りつかせる事態も発生した。
「西岩親方は15年9月に引退し、翌年5月に約400人の前で襲名披露の断髪式を行っているが、この時の祝儀の取り分でもめた。現在は一般的に親方と本人の折半で、親方の取り分を『テラを切る』という。昔は『親方に育てていただいた』という意味も込めて『テラ9割』なんてこともあったし、今でも7割、8割なんてケースもあるが、西岩親方はかつての鳴戸部屋の長男的な立場だけに折半でも多いぐらい。だが、止めばさみを入れたのは田子ノ浦親方であり、彼は慣例を盾に銭ゲバぶりを発揮したそうです。このご時世だけに、経費削減の部屋運営には従えても、この兄弟子への非礼とも映る対応ぶりに不快感を覚え、修復不可能なほどの関係になってしまった」(後援会関係者)
この部屋を巡るゴタゴタが稀勢の里の相撲人生に暗い影を落としていたのだ。