52歳でも現役!三浦知良に学ぶ「窓際生き残り」術(1)13年間でゴール数は27得点 (2/2ページ)
復帰後も1ゴールしか決められませんでした」(サッカーライター)
ジェノアは「左遷」されたが、1シーズンで古巣に戻ってくると、96年にJリーグ得点王を獲得する。しかし98年にチームが大幅な経営縮小を余儀なくされ、高給取りのカズはあおりを受けて、クロアチアのチームに移籍した。
「ケガも増えて体のキレもなく、衰えを感じさせました。結局、ノーゴールで戦力外になったのです」(サッカーライター)
戦力規模では中小企業クラスの京都サンガに移籍したカズは、33歳の時に17得点を記録して復活。それでもチームはJ2に降格し、戦力外通告を突きつけられた。その後、年俸7000万円でヴィッセル神戸に移ったが、若手との争いに敗れてベンチスタートが増える。上司である監督の構想からも外れて閑職に追いやられると、05年夏、38歳で横浜FCに移籍。
所属する13年間で、ゴール数は27得点と物足りないが、いまだに会社から肩を叩かれていない。そこには、ベテラン社員が管理職に上がらず現場主義にこだわって生き残るためのヒントが隠されていた──。