プロレスラー世界遺産 伝説のチャンピオンから未知なる強豪まで── 「飯塚高史」技巧派の過去を封印した“クレイジー坊主” (2/3ページ)

週刊実話



 ’00年にはIWGP王者・佐々木健介への挑戦、さらにはG1タッグリーグ戦に優勝(パートナーは永田裕志)と、ようやく主役の座が巡ってきたかに見えた。

 また、同年の大みそかに『イノキ・ボンバイエ』(大阪ドーム)で組まれた飯塚&永田vsマーク・コールマン&マーク・ケアー戦は、ファンから“格闘プロレスの最高峰”と称されもした。

 しかし、ようやくブレイクした飯塚を悲劇が見舞う。’01年6月、長井満也との対戦で大けがを負い、長期欠場を余儀なくされたのだ。

 「コーナーに詰められた際、長井に蹴りを連発された飯塚はガチ失神。このときの首の故障は深刻で、それまで得意技としてきたサンボ由来のブリザード・スープレックスや裏投げなども、首への負担が大きいことから思うように使えなくなってしまいました」(同)

★狂乱ファイトを見守る温かい目
 だが、災い転じて福となすというべきか。長い雌伏のときを経て、’08年にそれまでと180度異なる悪役に振り切れたのは、華麗な投げ技を封じられたことが一因としてあったのだろう。故障欠場のため、流行していたPRIDEなどの格闘技戦に駆り出されなかったことも、ある意味で幸運だったかもしれない。

 ヒール転向後の飯塚人気は、まさにうなぎのぼり。なぜか「ウガー」としか言わないキャラクター設定も、アイアン・フィンガー・フロム・ヘルなる鉄製グローブによる地獄突きも、実況の野上慎平アナとの抗争劇も、やることなすことファンに支持された。

 「飯塚の場合、根本的に“いい人”という共通認識がファンの間にあるところが、いわゆる一般的なヒール人気との大きな違い。急所打ちや噛みつき、凶器攻撃など悪役ファイトに徹していても、どこか“あの飯塚さんがスキンヘッドにまでなって頑張っている”と、温かい目で見守るような雰囲気がありましたね」(同)

 野上アナを襲ってドラえもん風やブラジャー風のペイントを施すときも、それが妙にうまいあたりに生真面目さが感じられた。

 ちなみに、かつてのパートナーである野上は「決して飯塚はいい人ではない」「スカした性格だった」と証言している。
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