父親の仇討が露呈?熊本城の奇石「五郎の首掛石」に残された悲しい伝説 (2/2ページ)
でもこの伝説から少なくとも、天草一揆の後、加藤清正を恨んでいた人々が相当数存在していたということです。
また、築城の際、工事の無事を願って選ばれた人間を人柱にして石垣に生き埋めにしたなんて話も、あちこちのお城の築城に伴う伝説としてまことしやかに語られています。
五郎の伝説は、土地の人たちによる権力に対する日頃の鬱憤と人柱が行われていた事実を私たちに伝えるものなのかもしれません。
「首掛石」という呼び方も気になります。「首掛石」とはすなわち、「斬首された首を掛けた石」とも解釈できます。この石に実際に斬首された首が晒されたかどうかはわかりませんが、石の形状から見てさらし首にできないこともないです。そもそもどうしてこの石はこのような形状をしているのでしょうか。その謎はいまだに解けていないのです。
もしかしたら一揆の関係者が人夫の中に紛れ込んでいて、彼を殺した首が掛けられていたのかもしれません。
また、「五郎(ごろう)」は「御霊(ごりょう)」という音にもつながることから、実際に「五郎」という名の人物ではなく、別の名前の人間だった可能性もあります。
いずれにしてもこの石にまつわる謎は深そうです。
参考:「五郎の首掛石」『日本には城がある 攻城団』 トップ画像:熊本城公式サイトより 熊本城日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan