男色、女嫌いの将軍・徳川家光の初恋の女性は尼さん!尼姿に中性的な魅力を見た? (2/3ページ)

Japaaan

不仲の原因は色々あったでしょうが、家光が女性に興味を持たなかったことも一因になっていると言われています。

家光には身の回りの世話をするお小姓が何人もいましたが、その中には家光の「お手付き」となる者が多くいました。彼らの中には大名にまで出世した者、恋のライバルとして火花を散らし合った者、更には家光の嫉妬によって殺された者や、家光の死去の際に殉死した者までいました。

江戸時代は男色が割と公然と行われていた時代でしたが、家光の場合は将軍という立場上、そうも言っていられません。何といっても、江戸幕府の安泰のためには「お世継ぎ」を残さなければならないのです。

だからこそ彼の乳母の春日局は、何とかして彼に女性に興味を持ってもらおうとして奔走したのでした。

大奥をつくった春日局。男色好みの家光を女性に目覚めさせた功績はあっぱれ

転機は将軍への謁見!還俗して大奥へ!

そんな家光に、ある日転機が訪れます。伊勢の慶光院の院主だった参議・六条有純の娘(後のお万の方)が、家光に謁見するのです。

当時16歳くらいの少女だった公家出身の尼を、家光は好きになってしまいます。

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