恐るべき無知に怒り! 韓国要人「日王」発言の裏にある“難癖”の正体 (2/2ページ)

週刊実話

親族になるということは、同等の地位になることを意味しますから、属国や植民地の王族に嫁がせるなどということは、宗主国にとってあり得ないことなのです。ところが日本はこうした国々と異なり、朝鮮半島に気を遣って王族を残し、しかも皇族に準じる地位とし、親戚関係まで築いたのです。それなのに韓国は逆恨みしているのです」(同・ウオッチャー)

 李垠の父・高宗は、日本に抵抗する意味で1897年に国号を李氏朝鮮から大韓帝国に改め、さらに自ら皇帝となって、1907年にオランダのハーグで開催されている万国平和会議に密使を送り、国際社会に対して日本批判とともに自国の外交権回復を訴えた。

 「しかし当時、大韓帝国は、財政的にも実質的に破綻しており、日本の保護国化は、国際社会が望んだことであり、高宗の訴えは完全に無視されています」(同)

 日本敗戦後、韓国大統領となった李承晩は、王室復古を恐れ、日本に留学していた李垠の帰国を認めなかった。李垠が帰国できたのは、朴正熙の時代の1960年代になってからで、当時も王室は復活しなかった。要は韓国国民が王室復活を望まなかったわけだ。

 「ですから、日本が韓国から国王を奪ったのではなく、つぶしたのは李承晩であり韓国国民なのです。ところがそのことは全く無視して責任を日本になすりつけ、『国王を奪われた恨み』として、天皇を『天皇』と呼ばず、わざわざ『日王』と呼んで軽んじているばかりか、慰安婦のオモニたちに土下座しろと難癖を付けているわけです」(同)

 こうした現象は、韓国に劣らず反日感情の強い中国ですら見られない。恐るべき無知国家である。

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