「基本的なことすぎて忘れがち」米澤穂信が心がけるミステリ小説の「約束事」とは (2/2ページ)
米澤:そうですね。実際二話目の「ロックオンロッカー」という作品に出てきたエピソードは実体験でもあるんです。美容院で「貴重品は必ずお手元にお持ちください」と、妙に「必ず」を強調されて言われて…。
――じゃあそのお店も何か事件が…米澤:いや、多分純粋に閉店時間が近かったからだと思います(笑)。でも、気になる言い方ではあったので、ネタになるんじゃないかと思って髪を切ってもらいながらどんな話にしようか考えていました。
――松倉と堀川というちょっと変わった友達二人が謎に挑むという趣向です。ミステリで謎解き役が二人というと、「ホームズとワトソン」の関係性をイメージしてしまうのですが、この二人の関係性は一人の「名探偵」の推理にもうひとりは驚きっぱなし、というわけではなくて、それぞれ自分で推理を組み立てて、その進み方も追い越したり追い越されたりします。この手法はミステリでは一般的なんですか?米澤:どうでしょう。警察と探偵で推理合戦になるような作品や、複数人数で推理を対決させるような作品はありますが。
アントニー・バークリーの作品では、探偵のロジャー・シェリンガムとモーズビー警部がそれぞれ違う視点から推理を進めていって、時には探偵が真相を見つけたり、また別の話では警部が真実にたどり着いたりします。ただ基本的には別行動しているので、松倉と堀川とは違います。行動を共にしながらそれぞれ推理するというのは珍しいかもしれません。
――二人とも頭は切れるものの「名探偵」と呼ぶほど完璧ではないのがかえって魅力的でした。米澤:彼らは高校生なので「名探偵」にしてしまうには惜しかったんです。名探偵は一つの完成されたキャラクターですから、そこから成長もしないし変化もない。名探偵は名探偵のままです。
でも松倉と堀川はまだ未熟といいますか、これから人の心だとか自分の考えだけでは計り知れない物事が世の中にはあるんだということを学んでいく年代です。だからまだ互いに少しずつ欠けているところがある。その欠けた部分を補い合えるような関係をミステリのなかで書ければいいなと思っていました。
――二人とも高校生っぽさを失わない程度に頭がいいと言いますか。米澤:そうですね。彼ら自身、自分たちがある程度「切れ者」だということを知っていて、でもそれを鼻にかけるほど幼くはありません。足が速い人もいれば、勉強が得意な人もいる、そのなかで自分たちはちょっと切れるのかもね、くらいに捉えているのがこの年代らしいのかもしれません。