『世界に一つだけの花』は、槇原敬之の失敗なくしては生まれなかった?【有名人の消し去りたい“黒歴史”】 (2/2ページ)

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また、槇原はこれまで女性経験がないことも告白し、根っからの“ゲイ”であることをカミングアウトしたという。さらには、制作した楽曲にあったエピソードは、槇原が男性との恋愛経験が主。“金ちゃん”も作詞の一部を担当していたようだ」(芸能ライター)

 自身のアルバム発売直後だったこともあり、ツアーの中止やCDの店頭回収、違約金を含め、槇原は7億円の借金を抱えたと報じられている。イメージ回復は困難とされていたが、執行猶予期間中の2000年には早々と復帰を遂げ、同年11月にアルバムを発売した。そして03年、冒頭の『世界に一つだけの花』を世に送り出し、またたく間に表舞台に戻ってきた。

 槇原は、逮捕という失敗から学び得た経験を活かし、『世界に一つだけの花』という歴史に残る名曲を書き上げたに違いない。そして世間は、槇原の“黒歴史”にこだわらず、作品の素晴らしさを評価したといえるだろう。また槇原は、犯罪歴や同性愛者である偏見を乗り越えて復帰を果たし、藤井フミヤや浜崎あゆみなどの名だたるアーティストへの楽曲提供。名曲メーカーとして音楽の世界で返り咲いたのだ。

 先月、麻薬取締法違反の容疑で逮捕されたピエール瀧被告の報道はいまだにやまず、発売された作品に対する制裁措置があまりに厳しいという声が後を絶たない。槇原の逮捕時と比較すると、時代背景に差があり、現代はSNSの普及が進む。不祥事に対する世間の目が厳しくなったとの見解もある。

 槇原は、逮捕から1年後に復帰を遂げ、2007年には『NHK紅白歌合戦』に2回目の出場を果たしたが、瀧被告が槇原同様に復帰を遂げることは可能なのか。このご時世では、あまりにも無理難題である。

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