「いだてん」第17話振り返り。日本初の駅伝総距離は516キロ!その「駅伝」の由来とは? (2/2ページ)

Japaaan

当初、「駅」は「驛」、「伝」は「傳」であり、このふたつの文字で宿場の車馬を意味したようです。情報伝達、交通制度の形態であったものが転じて「宿場」の意味になったので、五十三次から「駅伝」と命名した理由もよくわかります。

駅伝制は世界各地の古代帝国に見られる制度で、日本では中国に倣い律令国家をめざし始めたころから「駅伝制」(「伝馬制」とも)が取り入れられ、『日本書紀』や『延喜式』などに「駅伝」の語やそれを意味する言葉が記されています。

日本初の駅伝総距離は516キロメートル

東海道の端、京都・三条大橋から東京上野の不忍池まで、23区で516キロメートル(508キロとも)もありました。当然一日で終わる距離ではなく、ランナーは昼夜を徹して大正6年4月27日の午後2時から翌々日29日の午前11時34分まで、3日かけて行われました。最後のたすきを受け取ったのはもちろん金栗四三。

スタート地点である京都三条大橋と東京上野の不忍池は「駅伝発祥の地」として記念碑建てられています。

ところで、この東海道駅伝徒歩競争は企画当初の予算をオーバーしたため、発案者であった土岐は責任をとって讀賣新聞社を退社することになり、その後朝日新聞社へ移ったといいます。あれだけの規模、やはりめちゃくちゃお金がかかったようです。

それでも、この大会が成功したおかげで3年後には箱根駅伝(東京箱根間往復大学駅伝競走)がスタートし、現在まで人々に楽しまれるスポーツとなったのです。

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

「「いだてん」第17話振り返り。日本初の駅伝総距離は516キロ!その「駅伝」の由来とは?」のページです。デイリーニュースオンラインは、いだてん駅伝カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る