天才テリー伊藤対談「目黒祐樹」(1)撮影所を遊び場にしたら子役に抜擢 (2/2ページ)

アサ芸プラス

テリー あきれるほどに孫バカですねェ(笑)。目黒さんは真面目なイメージが強いから、意外な感じがしますよ。子供の頃は、京都に住まれていたんですよね。

目黒 はい。物心がついた頃は東京に住んでいたんですけど、その頃、時代劇が復興してきて、父が東京へ帰ってこられないぐらいに忙しくなっちゃいましてね。それで家族全員で京都へ引っ越すことになりまして。

テリー 大スター・近衛十四郎さんが父親というのはやっぱりすごいことですよね。撮影所にも行かれていたんですか。

目黒 ええ。僕ね、撮影所が大好きだったんですよ。行くと「近衛さんのところの坊が来た」と、映画のスクリーンで見る超有名な俳優さんたちがかわいがってくださるので、それがたまらなくうれしくてね。

テリー 当時の東映のスターといえば中村錦之助さんや鶴田浩二さん、美空ひばりさんあたりですか。ありえない贅沢さですね。その頃から役者になろうと思われていたんですか。

目黒 いやいや、全然。ただ、しょっちゅう撮影所をウロチョロしているものだから、子役が必要になった時「ちょうどいい」ってことで、6歳の時に嵐寛寿郎先生の息子役でデビューすることになるんです。

テリー うわァ、それは大抜擢じゃないですか。

目黒 だけど子供だったから、当時、先生のことを「アラカン!」って呼び捨てにしていたらしくて(笑)。しかも、「今日はやりたくないから休み!」とか平気で言っちゃったりして。

テリー そりゃまた、ひどい子役ですね。

目黒 ハハハ。でも先生が「祐坊、そんなこと言わんと、撮影しような」って、オモチャやお菓子を買ってくださって僕の機嫌をとってくれて。そこでようやく「じゃあ、やろうか」みたいな。今じゃあ考えられないですよ(笑)。

テリー でもアラカンさんは、目黒さんをかわいがってくれたんでしょう。

目黒 ええ。その後、20年くらいたって、先生と一緒の現場になったんです。その時、僕の肩に手をかけて「祐坊、大きゅうなったな」と目を細めてご覧になられて‥‥もう、涙があふれて。いまだに、その光景が忘れられないんです。

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