10年に及ぶ過酷なサバイバル生活。江戸時代の漂流民・大黒屋光太夫の生涯 その1 (2/2ページ)
天明3年7月15日、ついに死者が出ました。幾八という乗組員が、顔はどす黒く、手足は紫になって浮腫み、歯茎が腐り、ひどい下痢に苦しんで死んだのです。ビタミンCの欠乏から各器官が弱って出血し、死に至る壊血病でした。
一同は幾八を泣く泣く海に葬り、明日は我が身と希望を失いかけたその5日後、ついに夢にまで見た陸地が見えてきたのでした…!
(その2に続く)
参考文献:山下恒夫 『大黒屋光太夫―帝政ロシア漂流の物語』岩波新書 岩波書店
大黒屋 光太夫日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan