深津絵里はかつて、一人二役の謎設定アイドルだった? Mステにも2度出演【有名人の消し去りたい“黒歴史”】 (2/2ページ)
あまり知られていないが、深津はかつてアイドル歌手として活動しており、全く脚光を浴びずに消え去っていたのだ。
「当時、『水原里絵』は『高原里絵』という同一人物のキャラを作り上げ、1988年10月に各々の名義で同日に歌手デビューしています。水原名義の設定では、少し影のあるミステリアスなイメージ。高原名義の時には、ボーイッシュで活発なイメージを曲と併用して使い分けていたようです。さらに、『深津絵里』としても歌手活動を行い、92年までに7枚のシングルと2枚のアルバムを発表しています」(芸能ライター)
また、1989年には、人気音楽番組『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)へ2度の出演歴もある。
「深津は、音楽家の登竜門で知られる日本音楽高等学校に在籍していたようだ。歌手を夢見て悲願のデビューを果たすも、空振りの結果に。新曲のイベントでは、観客の少ない地方のショッピングセンターなどへのドサ周りも地道に励んだ。小さなお立ち台でノリながら歌い踊るも、出す曲全てが不発で撃沈。歌手への見切りをつけ、『水原里絵』と『高原里絵』を封印し、本名でもある現在名で女優に賭けたのだろう」(芸能関係者)
脚本家・三谷幸喜氏は、2008年の公開映画『ザ・マジックアワー』に深津を起用。三谷氏は深津に対し、「深津さんは歌でも芝居でもホントにカンの良い人でした。(アドリブも)深津さんは絶対に笑わない。彼女はNGも出さない。もう、鉄の女。絶対に崩れないタイプ」「耳もいいし、英語の発音も完璧。エンディングは圧巻でした」と太鼓判を押した。屈辱を味わった歌手時代から一発逆転を放った瞬間だろう。
まさに、“光と影”を経験した深津。30年も前の話だが、一人二役という謎の設定が、ミステリアスを醸し出す深津の女優としての糧になったに違いない。