どんな大河も一滴の水から。多摩川138キロの源流「水干」の最初の一滴を求めて
「水と安全はタダ」なんて時代はとうに過ぎ去ったようですが、タダでなくても生きて行くのに欠かせない水は、その多くが河川からの採取に頼っています。
先刻、友人の誘いで都民の水がめ(全体の約20%)である多摩川の源流を見学に行きました。
水干(みずひ)から滴る多摩川「最初の一滴」
山梨百名山・笠取山の山頂。
多摩川の源流は山梨と埼玉両県の境界一帯に広がる奥秩父山塊の一座・笠取山(かさとりやま)の中腹にあります。
ここから東京湾まで約138キロ。
「そこより上に水はない」ことを意味する「水干(みずひ)」と呼ばれる場所が、東京湾へ流れ出すまで138キロにも続く多摩川の源流となります。
多摩川「最初の一滴(写真中央)。
この時は、直前に雨が降ったお陰で滴り落ちる多摩川「最初の一滴」を拝むことができました。
滴り落ちてしみ込んだ水が溜まると、この位置から60メートルばかり下方で湧き水となって地表を流れ、長い旅の始まりとなります。
東京都にいる5人に1人が、この一滴によって生命をつないでいると思うと、その大切さが改めて実感できます。
一世紀にわたる森林再生計画しかし、この豊かな水源も最初からあった訳ではないようです。
時は明治時代末期、東京府(現:東京都)が多摩川の水源確保・水量安定化を目的として上流域の山林を買い入れました。
当時の山野は江戸末期から明治時代にかけて行われた焼き畑農業による山火事や、燃料として薪の乱伐によって荒れ果てていたそうです。
山崩れの原因と対策。遊歩道の案内板より。
大きな木や林に乏しいため保水能力が低く、大雨が降ると山崩れを起こして多摩川はしばしば氾濫し、少し雨が降らなければすぐに干上がって深刻な水不足に見舞われました。
これでは都民の生活が豊かにならない。そう考えた当局は、すっかり砂漠化してしまった山々に植樹を行い、およそ一世紀の歳月をかけて豊かな森を取り戻したのでした。
山梨県内だが、東京都水道局も管理している。
まず、砂地ばかりで気温の低い土地でも育ってくれる針葉樹や、地表近くに広く根を張って地滑りを防いでくれる笹を植えてから、野生動物の餌となる実をならせる広葉樹をじっくりと育てる下ごしらえをするなど、自然の特性を活かした知恵と創意工夫が投入されたことが遊歩道の案内板に紹介されています。
こうした先人たちの努力が、今でも所々にむき出しとなっている砂地の地層に垣間見ることができます。
まとめ「水はありものなればとて、ただうがい捨てるべからず」
【意訳】たくさんあるから、と水を粗末にしてはいけない
※北条早雲「早雲寺殿廿一箇条」第四条 手水事
「水道をひねれば水が出る」そんなの当たり前に思うかも知れませんが、広い世界を見渡せば、水道が完備され、しかもその水が安全に飲めるという地域はごくわずかです。
暮らしを支える安全な水は、豊かな自然があってこそ。
そんな世界的に希有な「当たり前」を可能としているのは日本の約70%以上を占める山野の自然と豊かな生態系、それを守る人々の努力に他なりません。
長い歴史の中で日本人が培ってきた自然愛護と共生の精神を、次世代へと受け継いでいきたいものです。
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