急逝「アイドル発掘王」ジャニー喜多川の遺言(2)諍い回避のため書面に残した (2/2ページ)
ジャニーさんの『アーティストである前に、一人の人間としてきちんとしないと一流にはなれない』という教えは、今でもしっかり覚えています」
75年に「汚れなき悪戯」でデビューした豊川誕(60)は、不遇の時代をジャニー氏とともに過ごした。
「ジャニーさんとは麻布にある合宿所でいつも一緒でした。よく御飯も作ってくれましたよ。ちょうど売れっ子の郷ひろみさん(63)が移籍した頃で、事務所の経営は厳しそうでした。にもかかわらず、『YOUたち食べなよ』とケンタッキーのチキンをどっさり差し入れしてくれましてね」
ある日、夜遊びに興じて朝帰りした豊川が合宿所で遭遇したのは、和田アキ子(69)だった。
「台所でアッコさんが皿洗いをしていたんです。朝まで麻雀でもしていたらしいのですが、タレントが食べ散らかしていた食器をジャニーさんが洗い始めて‥‥。見るに見かねたアッコさんが代わったそうです。『おい! お前らいつもジャニーに食器を洗わせてんのか!』なんて、こっぴどく怒られましたよ(笑)」
そんなジャニー氏の育成スタイルは、40年以上たっても変わることはなかった。