たった一人で織田軍を足止めした歴戦の武者・笠井肥後守高利の壮絶な最期【中編】 (4/4ページ)
しかし決死の覚悟を固めるため、あえて祖先の功業を再認識することで、自分の守るべき存在、果たすべき使命を確かめたかったのかも知れません。
高利は、かつて勝頼公より戦の恩賞とて拜領せる千手院(せんじゅいん。刀工のブランド)の槍を馬上の武将に突きつけ、殺意と喜悦に満ちた眼光を向けます。
武田勝頼公より拜領せる千手院の鎗(長さ三尺五寸≒約1.3m)。『笠井家哀悼録』より
「そこにおわすは、滝川左近殿とお見受けした!いざ、槍合わせ願おう!」
狙いは敵の大将・滝川一益ただ一人。彼を討ち取り、俄かに混乱した敵軍を掻き乱すことが出来れば上々です。
しかし、一益はそんな手の内などお見通し、高利の挑戦に乗るどころか、鼻で嘲り嗤(わら)う始末。
「戯け……徒歩の土侍(どざむらい)に馬上の武者が相手など致すものか……者ども、血祭りにせぃ!」
「「「おおぅっ!」」」
徒歩には徒歩で充分とばかり、雑兵らが束になって槍を突き出して来ます。
「何を小癪な!甲州武者が馬上にあれば、うぬら木っ端侍など相手になるか!徒歩でおるのは武士の情けと知るがよい!」
勝頼公を逃がし、敵軍を食い止める笠井肥後守高利の活躍ぶり。この伝承では抜刀している。
戦を決するは兵の衆寡にあらず、己が技量と勢い、そして天運。高利はこれまでの戦場に臨んだのと同じ通り、槍一本を奮い舞わして敢然と敵中へ殴り込んだのでした。
【後編に続く】
※参考文献:
笠井重治『笠井家哀悼録』昭和十1935年11月
皆川登一郎『長篠軍記』大正二1913年9月
長篠城趾史跡保存館『長篠合戦余話』昭和四十四1969年
高坂弾正 他『甲陽軍鑑』明治二十五1892年
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