前世の記憶がきっかけで?平安時代のやんごとなき姫君と冴えない衛士の駆け落ちエピソード【完】
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前世の記憶がきっかけで?平安時代のやんごとなき姫君と冴えない衛士の駆け落ちエピソード【一】 前世の記憶がきっかけで?平安時代のやんごとなき姫君と冴えない衛士の駆け落ちエピソード【二】 前世の記憶がきっかけで?平安時代のやんごとなき姫君と冴えない衛士の駆け落ちエピソード【三】今は昔、武蔵国から連れて来られて朝廷を警護していたとある衛士(えじ)が、故郷の懐かしい風景について呟いていたら、御殿の奥から天皇陛下の皇女である姫宮さまが
「その光景を前世で見た気がする。一度確かめてみたいから、妾(われ)を汝(な)が故郷へ連れてたもれ」
とワガママを言い出したので、仕方なく二人で駆け落ちすることに。
二人の逃避行(イメージ)
愛する娘を連れ去られた天皇陛下は、急ぎ追手を繰り出すも足止めを喰らい、三か月もかかってようやく衛士と姫宮さまの逃げ込んだ武蔵国へ辿り着いたのでした。
姫宮さまの伝言「もし娘の幸せを願うなら……」……さて、這々(ほうほう)の態で武蔵国までたどり着いた天皇陛下の追手たちは、さっそく衛士と姫宮さまの捜索に当たりました。
と言っても現代の大都会とは違い、当時の江戸湾沿岸地域は葦(あし)や茅(ちがや)の生い茂る半農半漁の寒村ですから人家もまばら。尋ね人を探すなど、そう難しくはありません。
果たして見つけた姫宮さまは、衛士と夫婦になって仲睦まじく暮らしており、夫の獲ってきた魚を干物に開きながら
「あら、いらしたの?」
なんて涼しい顔で出迎えられた日には、追手たちの膝も崩れ落ちる思いだったことでしょう。
田舎暮らしもすっかり馴染んだ姫宮さま(イメージ)
「妾はもう帰りたくありません。陛下にそうお伝えなさい……『もし心から娘の幸せを願うのであれば、夫の罪を赦してたもれ』とも」
そうまで言われてしまうと、追手たちも乱暴な真似は出来ません。姫宮さまは続けます。
「ここの眺めを、確かに前世で見たのです……ここは妾にとって、京の都よりも心安らぎ、幸せに暮らせる土地なのです」
「ははあ、確かにお伝え致しまする」
京の都へ戻った追手たちは天皇陛下に事の次第を報告すると、天皇陛下は涙を流して仰いました。
「あぁ……姫よ。そなたがそこまで願うのであれば、もはや連れ戻すことは諦めよう。せめて父の愛情として、姫に不自由な暮らしをさせぬよう、かの衛士に武蔵国を与えようぞ……」
かくして天皇陛下は衛士を武蔵の国司に任じて新居を建てさせ、二人はいつまでも仲睦まじく暮らしたそうです。
エピローグ
斎藤月岑『江戸名所図会』より、済海寺。
この時に建てられた新居は二人の死後、竹芝寺(たけしばでら)となり、やがて済海寺(さいかいじ。現:東京都港区三田)と名を変えて今日に至ります。
また、衛士と姫宮さまの間に生まれた子供たちは天皇陛下より「武蔵」という姓を与えられて子孫も栄え、その血脈を今日に受け継いでいます。
前世の記憶が身分違いの二人を結び付けた、平安時代の駆け落ちエピソードでした。
【完】
※参考文献:
辻真先・矢代まさこ『コミグラフィック日本の古典15 更科日記』暁教育図書、昭和五十八1983年9月1日 初版
藤岡忠美ら校注 訳『新編日本古典文学全集 和泉式部日記 紫式部日記 更級日記 讃岐典侍日記』小学館、平成六1994年9月20日 第一刷
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