「鳴くまで待とう ほととぎす」の徳川家康、でも実際には気が短かった説。 (2/2ページ)

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多くの失敗と挫折を乗り越えて征夷大将軍に

後年、江戸幕府の初代将軍として、260年続く天下泰平への礎を築いた徳川家康。

その死後は「東照大権現」として久能山に祀られましたが、そういった偉大な存在であったからこそ彼の人間らしい失敗談は語り継がれることがなく、美談だけが伝えられて、「武神」として昇華されていったのではないでしょうか。

そして、多くの失敗と挫折を乗り越えて征夷大将軍として相応しい人物に育って行ったのではないでしょうか。

いまとなっては、真実を知るものは久能山にある草木だけとなってしまいましたが。

参考:NHK「その時歴史が動いた」 徳川家康 三方ヶ原の大ばくち~敗れて学ぶ覇者の哲学~「戦国編」

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