お江戸版おっさんずラブ♡将軍・徳川家光に溺愛された男、堀田正盛【3】 (2/2ページ)

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こうして正盛は役職上は老中のまま、実質老中の実務を免除され、大政参与という職務に回りました。大政参与とは、表に立って政務を取り仕切るというよりは、どちらかというと将軍や将軍家のプライベートに寄り添ってサポートする役目です。

こうして正盛は、合法的に家光の傍に居やすくなりました。生涯に渡って精神的に不安定で、鬱ぎみだった家光。正盛の存在はどれほど心強かった事でしょう。

生涯続いた家光のおっさんずラブ

寛永19年(1642年)にはさらに領地を1万石加増され、下総佐倉藩の藩主になります。そして同年に発生した寛永の大飢饉などの国難に困窮する家光を側で支えながら正盛は年を重ねましたが、父の死に続いてまたもや悲しみが彼を襲います。

慶安3年(1650年)、愛する主君・家光が心労からかついに病に倒れたのです。正盛の願いもむなしく、翌年慶安4年(1651年)4月20日に家光は亡くなります。

そして同日中に、彼を深く愛し愛された堀田正盛もまた、彼の後を追い、殉死したのでした。享年42歳(数えで44歳)でした。

ある意味これがホントのおっさんずラブだけど、こんなに涙が止まらないのはなぜ…!

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