追悼・金田正一「180キロ、400勝男」愛しのカネヤン伝説 (2/2ページ)
「キャンプ中、どこの球団も情報漏洩を嫌って、記者と選手を同じホテルには泊まらせなかった。でもロッテの鹿児島キャンプだけは違っていて、担当記者を同じホテルに泊まらせるように球団に便宜を図ってくれたようなんだ。『桜島を眺めながら選手と大浴場で背中を流し合って、同じ鍋を囲め』なんて言う監督は、後にも先にも金田さんだけだったね」
口癖のように「担当記者はわれわれのファミリー」とつぶやいていたカネヤンは、記者たちを引き連れて豪快に遊んだ。
「金田さんは賭けごとが好きで、記者たちとも花札や麻雀をして夜を明かした。負けず嫌いの性格だから、負けが続くとサラリーマンの記者には払えない数十万単位の金額を賭けるようになるんだ。みんな金額に物怖じして、最終的に賭け金は全て金田さんに流れちゃう。それでも誰も文句を言わなかったのは、福岡遠征の際、決まって中洲のソープをおごってくれたからな。他球団に比べてロッテの担当記者は少ないっていっても新聞、雑誌で十何人はいるんだから相当の出費だったと思う」(ベテラン記者)
さらにはキャンプ中、選手の「シモの管理」まで徹底していたという。
「当時のロッテには、週に1回『ヌキ休み』があった。選手がモンモンとした気持ちのままでは練習に身が入らないだろうと、熊本のソープ街に行かせていたよ」(球界関係者)
もはや永久に破られないであろう通算400勝、365完投という記録を遺して鉄人は旅立った。合掌。