こんなに密接だったとは!神話時代からあった日本人とトンボの深すぎる関係 (2/3ページ)

Japaaan

トンボは古くから秋津(あきつ)と呼ばれており、先ほどの神武天皇の発言によって日本の異名『秋津洲(あきつしま)』の由来になっています。

あの雄略天皇もトンボと馴染みが!

また雄略天皇もトンボに馴染みがありました。『古事記』によると雄略天皇が吉野宮へ行き、狩りをしようとしていました。

雄略天皇/Wikipediaより

そして、自ら射るために獲物を待っているとアブに腕を噛まれてしまいます。その瞬間にトンボがアブを食べてどこかへ飛んで行ってしまいました。

その様子を見て雄略天皇はトンボの功績を称えて日本を『蜻蛉島(あきつしま)』と名付けました。

この雄略天皇のエピソードからトンボを「勝ち虫」と呼ぶようになり、縁起の良い虫として多くの人に影響を与えるようになります。

戦国時代になるとトンボのある動きが好まれ人気に!

戦国時代になるとトンボの前にしか進まない勇猛果敢な動きから「不退転」の精神を現すとして、「勝ち虫」エピソードと相まってトンボは一大ブームを巻き起こします。

その影響を強く受けたのが、武田信玄の家臣・板垣信方(いたがき-のぶかた)でした。信方は兜の前立てや手甲、着物に至るまで全てトンボの装飾をしたと知られています。

「こんなに密接だったとは!神話時代からあった日本人とトンボの深すぎる関係」のページです。デイリーニュースオンラインは、日本神話とんぼ戦国時代昆虫カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る