異説も存在。本能寺の変のあと、織田信長の遺体はどこへ消えてしまったのか? (2/2ページ)
京都市上京区の阿弥陀寺には信長をはじめ、兄の信広や息子の信忠、家臣の森蘭丸ら、本能寺の変で死を迎えた人々の墓がありますが、同寺の僧侶・清玉上人が本能寺から信長の遺骨を持ち出しここへ葬ったといわれています。
信長の遺骨が持ち込まれたとされる阿弥陀寺(Wikipediaより)
本王子の裏門から中へ侵入した清玉上人らは、織田方の武士が信長の遺体を火葬しようとしていたことから、それを見届け、本能寺の僧侶のふりをして遺骨を外へ運び出したという。
信長の菩提寺は京都市北区の総見院(信長の法名「総見院殿」からの命名)だが、ここに信長の遺体はない。あるのは、遺体の代わりにやいたという木像と同様の木像(信長公座像)のみである。
信長の遺体は果たしてどこへ消えてしまったのか。その謎を解くことが出来る人物は、これから先もあらわれないのかもしれません。
参考
戦国武将列伝Ω 近藤瓶城編 国立国会図書館デジタルコレクション 『信長公阿彌陀寺由緖之記録』第25巻 近藤出版部〈史籍集覧〉(1926 近藤出版部)日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan