現代でも続いてる?日本史で初めて怨霊となった悲劇の皇族「長屋王」の呪い (2/3ページ)
この事件を「長屋王の変」と呼びます。その後、妹を皇后に立てて権力を持った藤原四兄弟。しかし、藤原四兄弟の栄華は思いのほか早く終わりを迎えます。
怨霊となった長屋王による呪いが渦巻くように長屋王が自害した後、天平7年(735年)に疫病が流行するようになり、天平9年(737年)には藤原四兄弟が相次いで病気で亡くなったのです。この出来事をきっかけにして、長屋王の祟りではないかと囁かれるように。
天皇は神仏に祈りを捧げ、生き残った長屋王の子女たちに位を与えるなどの措置を行っています。このことからも、祟りが存在すると当時の人たちは信じていたのでしょう。
葛飾北斎画『近世怪談霜夜星』に登場する怨霊(wikipediaより)
平安時代に編纂された「続日本紀」という書物には、密告した下級官僚のことを「長屋王を誣告(ぶこく・人を貶める)した人物」と記しています。すでに当時から、長屋王が無実の罪を着せられたことは周知の事実だったようです。
家族共々葬られた長屋王はさぞ無念だったでしょうね。そんな長屋王の呪いは、現代でも続いているという噂があります。
現代に続く長屋王の呪い昭和から平成にかけて、奈良市二条大路南でそごうデパートを建設するための発掘調査が行われました。調査途中で、その場所が長屋王の屋敷跡である証拠が見つかったのです。