本物の信玄はどんな顔?ダルマのような恰幅のよい有名な武田信玄像は別人説 (2/3ページ)
ダルマのような恰幅のよい体型と坊主頭の風貌は、諸国の戦国武将から恐れられた武田騎馬軍団の総帥にふさわしく、見るからに威厳があります。ところが近年、この肖像画には疑問符がつけられています。
その根拠は、この肖像画に描かれた人物の頭髪。肖像画の人物は少ない髪を後ろに回して髻をゆっているのですが、信玄は39歳で出家しているはず。つまり、この肖像画が信玄を絵が言ったものであれば、髻を結っていることから出家前の信玄像ということになります。
ところが、肖像画の人物はどう見ても39歳以下には見えず、もっと年上にみえます。また、当時の史料から判断すると、等伯と信玄が出会う機会がなかったといいます。
さらに、肖像画には武田家の家紋である「剣花菱」がなく、代わりに「丸に二匹両紋」が描かれています。この家紋は足利将軍家やその宴席である細川・今川・畠山・吉良家などの家紋であり、戦国武将が肖像画のような後世に残すものに、他家の家紋を描かせることはないはず。
このことから、近年この肖像画に描かれた人物は能登の守護大名・畠山義続でではないか、という説が有力になっています。仮にこの人物が義続であれば家紋の件も納得がいき、能登の守護大名であれば等伯との接点も考えられます。
本物の信玄はどんな顔?では、本物の信玄はどんな顔をしていたのでしょうか?
その答えになりそうなのが、成慶院と同様、高野山にある持妙院が所蔵している信玄像です。こちらの信玄像は折烏帽子をかぶり、直垂を着ており、成慶院の肖像画の人物よりずっと若く、30歳くらいにしか見ません。頬ひげはなく、口ひげも薄いです。直垂には剣花菱の紋も入り、説得力もあります。