歴代総理の胆力「芦田均」(1)国民の間では評価の高い政治家 (2/2ページ)
それは、「憲法九条の条文は人権を認められた個人同様、日本の自衛権を否定したものではない。この権利は、自衛のための武力行使を禁じてはいない」(「毎日新聞」昭和26年1月17日付=要約)の一文に表れている。
すなわち、芦田は第一次吉田茂政権下で衆院の「帝国憲法改正案委員会」の委員長を務めていたが、芦田はGHQおよび吉田総理の意向を押し切った形で憲法第九条の内容を、戦争の完全放棄でなく侵略戦争の放棄にとどめたということであった。
芦田は独断で「九条」の原案を修正、自衛のための武力行使を排除したものでないことを強調した形にしたということである。これにて、日本の軍備はGHQによって手足を抑えられることなく、自衛のための軍備は保持することが可能となったということだった。今日、これは「芦田修正」という言葉として残っているのである。
■芦田均の略歴
明治20(1887)年11月15日、京都府生まれ。外務省入省。ジャパン・タイムズ社長。鳩山一郎らと日本自由党結成、脱党して民主党結成で総裁に。総理就任時60歳。総辞職後、東京拘置所に強制収容(のちに無罪)。昭和34(1959)年6月20日、耳下肉腫のため71歳で死去。
総理大臣歴:第47代1948年3月10日~1948年10月15日
小林吉弥(こばやし・きちや)政治評論家。昭和16年(1941)8月26日、東京都生まれ。永田町取材歴50年を通じて抜群の確度を誇る政局分析や選挙分析には定評がある。田中角栄人物研究の第一人者で、著書多数。