歴代総理の胆力「芦田均」(2)死の2週間前まで「外交史」執筆 (2/2ページ)

アサ芸プラス

 同時に、外交への思い常に熱く、亡くなる2週間前には1000ページに及ぶ「第二次世界大戦外交史」を脱稿していたのだった。

 したたかな政治家ではあったが、時代がそれを生かさせなかった。トップリーダーが、「天の時、地の利、人の和」の“満額の三条件”を得るのは、いつの時代も至難のワザのようである。

■芦田均の略歴

明治20(1887)年11月15日、京都府生まれ。外務省入省。ジャパン・タイムズ社長。鳩山一郎らと日本自由党結成、脱党して民主党結成で総裁に。総理就任時60歳。総辞職後、東京拘置所に強制収容(のちに無罪)。昭和34(1959)年6月20日、耳下肉腫のため71歳で死去。

総理大臣歴:第47代1948年3月10日~1948年10月15日

小林吉弥(こばやし・きちや)政治評論家。昭和16年(1941)8月26日、東京都生まれ。永田町取材歴50年を通じて抜群の確度を誇る政局分析や選挙分析には定評がある。田中角栄人物研究の第一人者で、著書多数。

「歴代総理の胆力「芦田均」(2)死の2週間前まで「外交史」執筆」のページです。デイリーニュースオンラインは、芦田均週刊アサヒ芸能 2019年 11/21号内閣総理大臣小林吉弥吉田茂社会などの最新ニュースを毎日配信しています。
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