清野とおる&東陽片岡「日本が誇る二大おスナック漫画家は親戚」説を検証する‼ (2/2ページ)

日刊大衆


お医者さんの「清野家」と、星一徹·飛雄馬の家みたいな木造物件に住んでた「清野家」ね。
今も住んでるのかなあ。
結局親父は大学3年のときにお坊さんのコースを選択しなくて、一般コースを選んだんで、お坊さんにはならなかったんだよね。
大学を卒業したあとは記者になったんだよ。
新聞なんかにさ、折り込みで地域の新聞が入っているじゃない、親父は北区新聞社っていう地方紙の記者をやっていて、91歳なんだけど今も現役で仕事してるよ。
北区や板橋区ってのは、東北から上京してきた人たちが移り住んできたところなんだよね。
北の玄関口って感じで。
とおるちゃんのご先祖も、東北から東京を目指して移り住んできたのかもしれないよ。

 ※   ※   ※

 残念ながら説立証とならなかったが、親戚の可能性は残っている。

『ウヒョッ!~』最終巻に掲載した「とおる」の方の清野家の家系図の祖父の幸夫さん(日本初のズラモデルとして歴史に名を残す。『ゴハンスキー』5巻参照)以前の出自はよく分からないという。

「清野家の出は東北のようなんですが……」と、言う清野とおる。

 いずれにしても、「清野とおる」と「東陽片岡のお父さん」、「二人の清野」が北区の取材に精を出しているは明らかになった。さらに勘のいい読者ならピンと来ると思うのですが、最終巻で触れた「赤羽漫歩」のA氏が赤羽の取材に精を出している時期にも、東陽さんのお父さんは「北区新聞社」の記者として活躍されていたという事実、これは……。

 軽い気持ちで「秋田ぶるうす」を訪れたのですが、思った以上に収穫がありました。続報をお待ちください!

(取材・文『ウヒョッ!東京都北区赤羽』担当)

清野とおる
1980年板橋区出身。代表作に『東京都北区赤羽』『その「おこだわり」、俺にもくれよ‼』など多数。

東陽片岡
1958年板橋区出身。代表作に『やらかい漫画』『レッツゴー‼おスナック』など多数。荒木町のおスナック「秋田ぶるうす」でマスターとして勤務中。

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