天才テリー伊藤対談「俺の言葉が励みになっていたんだね」(2) (2/2ページ)
神奈月 そんな時、そのショーパブに来たある芸人さんに「キミはおもしろいんだからちゃんとネタを作ったほうがいい」と言われたのをきっかけに、3分ぐらいのものまねのネタを作ってみたんです。それを渡辺正行さんが主催する「ラ・ママ新人コント大会」のネタ見せに行ったら、当時まだものまね芸人が少なかったのでライブに定期的に出られるようになって、ショーパブのアルバイトもそのタイミングで辞めました。
テリー そうすると、経済的には苦しいよね。
神奈月 厳しかったですが、1年もすると「ものまね四天王」ブームが来て、4人のギャラが高くなったんですよ。なので、四天王の皆さんが行っていた営業に僕ら若手が行けるようになったんです。
テリー あー、それは経済的に大きいね。
神奈月 はい、1回のギャラが3万~5万円で、月に3回も行けば普通に生活できましたから。そんな生活が28歳ぐらいまで続きました。そういえば僕、その頃にすごく心に残っていることがあって。
テリー ん、何なの?
神奈月 当時出たオーディション番組で、お尻で割りばしを割るようなすごく下品なネタをやったら現場が冷めてしまって。そしたら、審査員を務めていたテリーさんだけが「この場ではウケてないけど、テレビの向こうでは、いちばん笑いを取っているよ」と言ってくださったんです。
テリー うん、現場にいる人は、自分が「下品なネタで笑う人」になりたくないんだ。でも、視聴者にはそれは関係なくて「おもしろい」か「おもしろくないか」だけだからね。
神奈月 あのひと言が本当にうれしかったんですよ。「テリーさんみたいに評価してくれる人がいるなら、まだやれる」と勇気づけられました。