大統領型宰相・中曽根康弘の「風見鶏」夫婦生活67年(1)こうと思ったら独断で突っ走る (2/2ページ)

アサ芸プラス

結局、選挙ばかりやらされてきましたから」

 結婚当初の中曽根は、のちに「トップダウン」手法の大統領型宰相と言われたように、すでにその“片鱗”があった。新妻を、「貴様ッ」などと海軍調で呼んでは、しばしばビックリさせたものであった。その一方で中曽根ののちの異名、「風見鶏」ぶりも発揮したのだった。「風見鶏」とは、周囲へ目配りを欠かさないところから来ている。群馬の地元記者が、こんなエピソードを語ってくれたことがある。

「終戦時の食糧事情の悪いとき、蔦子夫人は最初の妊娠をした。お腹の中は、のちに参院議員となる中曽根弘文氏です。中曽根がある会合に出ると、夏ミカンが出ていた。中曽根は、妊娠してすっぱいものが欲しいであろう夫人のために、食べたふりをしてそっとポケットに入れて持って帰ったそうなのです。また、新妻当時の夫人の写真を常に内ポケットに入れていたというから、じつはカミサンのほうにもちゃんと向いていた“風見鶏”だった」

 ところが、中曽根という人物、若いときから、こうと思ったら独断で突っ走る。その頃の中曽根の一句にも、こうある。

「俗論は 潮騒のごと 雲の峯」

■中曽根康弘の略歴

大正7(1918)年5月27日、群馬県生まれ。東京帝国大学法学部から内務省入省。海軍主計主査。警視庁警視などを経て退職。昭和22(1947)年民主党から衆議院議員初当選。昭和57(1982)年11月、内閣組織。総理就任時64歳。令和元(2019)年11月29日、老衰のため死去。享年101。

総理大臣歴:第71~73代 1982年11月27日~1987年11月6日

小林吉弥(こばやし・きちや)政治評論家。昭和16年(1941)8月26日、東京都生まれ。永田町取材歴50年を通じて抜群の確度を誇る政局分析や選挙分析には定評がある。田中角栄人物研究の第一人者で、著書多数。

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