天才テリー伊藤対談「横浜銀蝿40th」(4)俺がバンドに影響を与えていたのか (2/2ページ)

アサ芸プラス

 今まさにレコーディングの最中なんですけど、Johnnyが「ファンにすごいと思わせるような歌を書きたい」って言って、36年ぶりに書いてきたのが「待たせてごめん」という曲で(笑)

テリー わははは! こりゃまたストレートだね。

 でもレコーディングしてみたら、これがまたいい曲なんですよ。

 何よりもJohnnyの気持ちがこもっている。そんなふうに、今回は「俺たちが『おもしろい!』と思ったものをとことん突き詰めよう。4人の音で大好きなロックンロールをやるんだ。他の誰にも媚びるのはやめよう」って常に言っています。

テリー いいねェ。

 その「おもしろいと思ったことはとことんやる」という姿勢を俺たちに教えてくれたのは、テリーさんなんですよ。

テリー えっ、それ、どういうことなの。

 テリーさんと最初に会った頃、ロールスロイスのシャコタンに乗っていましたよね?

テリー ああ、ドクロのエンブレムをつけてホイールを替えていた、あの車だ。

 高級車をオモチャみたいに改造するなんて。なんてメチャクチャな人なんだ、と(笑)。でも、そういう感性だからこそ、テリーさんの演出する番組はおもしろかったんですよね。そういうテリーさんみたいな先輩がいるから、俺らも思い切った活動をしていかなきゃと思わされます。

テリー この年齢でそれを言えるのが頼もしいよ。

 体調はまだイマイチなんですが、ツアーがあるおかげでやる気十分ですよ。

 この40年間いろいろありましたけれど、また変わらず4人そろってステージに立てることには感謝しかないです。音楽がうまい下手より、俺たちの生き様を見せられるような1年にしたいと思います。

◆テリーからひと言

 昔からの仲間が今も頑張る姿が見られるのは、こちらも大きな励みになるね。ツアーラストの東京公演は絶対行きますよ!

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