本当にあった恐怖の神隠し事件 1936年「阿部定事件」の足跡を訪ねて (2/2ページ)
妻帯者であった吉蔵との道ならぬ恋ゆえに、生かしておいたら他人の物になってしまうとも彼女は言った。純愛ゆえの殺人とも言えるだろう。
1941(昭和16)年5月17日、恩赦により、定は栃木刑務所を模範囚として出所。警察官たちの手で特別に変名の配給書類が手配され、彼女は「吉井マサ」となった。
出所後はドサ回りの役者、女中、浅草の小料理屋経営を経て、1971(昭和46)年に千葉県市原市のホテルに勤務していたのが確認されているが、それ以降の消息は分かっていない。
その間、阿部定は静岡県身延山久遠寺に吉蔵の永代供養を申し出ている。毎年、吉蔵の命日には花が届いたというが、1987年(昭和62)以降は届かなったという。
杳として行方の知れない定。一途な彼女は、最愛の人とあの世で逢瀬を重ねていることだろうか。