「ずっと、あなたのそばにいます」大切な者たちへ永遠の愛を歌った「海ゆかば」が泣ける!
皆さんは「海ゆかば」という歌をご存じでしょうか。
ずいぶん古い歌なので、若い方には流行らないでしょうが「聞いたことくらいはある」「なんかしんみりした記憶がある」方も少なくないかと思います。
短い歌詞なので、せっかくの機会に覚えていただけると嬉しいです。
♪海ゆかば 水漬(みづ)く屍(かばね)
山ゆかば 草生(くさ む)す屍
大君(おおきみ)の 辺(へ)にこそ死なめ
かえりみはせじ……♪
作詞は「三十六歌仙」の一人として名高い大伴家持(おおともの やかもち)。その原文(長歌)は少し長いため割愛しますが、かつて天皇陛下の勅命を奉じた武人が戦を前に誓いを立てた情景を描写したものです。
いったい、武人はどんな誓いを立てたのでしょうか。
使命と建前に隠された武人たちの深い愛情先の歌詞をごくシンプルに意訳すると、こんなニュアンスになります。
「海を征けば(戦えば)、海の藻屑となるでしょう。
山を征けば、骨は草に埋もれるでしょう。
しかし、大君のために死ぬ覚悟は出来ています。
後悔などしません」
これだけ聞くと「大伴家持って、主君に絶対服従な軍国主義者を賞賛しているみたい?」と感じる方もいるかも知れません。
しかし、ただそれだけの薄っぺらな歌であれば、永い歳月を経てなお「海ゆかば」が少なからぬ人々に愛され、歌い継がれるものでしょうか。
そこには、我が身をもって国家の平和と独立を守り継いだ武人たちの、建前に隠された深い愛情があるのです。
「大君」と「辺」の解釈まずは大君の解釈について、これは第一に大王すなわち天皇陛下を意味しますが、国歌「君が代」と同じく、君とは「大切な者」「尊い者」の意味も持っており、強調の大を冠することで「とても尊く、大切な者」を表しています。
※参考:
大切なあなたといつまでも…日本の国歌「君が代」のルーツと深い愛情を紹介もちろん、日本人にとって「国家と国民統合の象徴」である天皇陛下や皇室を尊び、大切にすることは当然と言えますが、それ以外どうでもいいとは決して思っていない筈です。
伴侶や家族、同胞など、それぞれに尊く、大切な存在を胸に思い、武人たちは戦地に旅立ったのでした。彼らと、彼らと共に生きて来た大切な故郷を、思い出を守るために。
次は「辺」について、これはよく「大君の辺にこそ死なめ……」という文脈から「~のために」と解釈されがちで、それでも意味は通じるのですが、これは身辺などと言うように文字通り「そば近く」を意味します。
こう聞くと「武人たちは、遠い戦地にいったのでは?」と矛盾に感じる方もいるでしょうが、ここで言う「そば近く」は、心理的な距離と解釈されます。
「たとえ私がどれほど遠く、異境の戦地に果てようと、私の心だけは、大切なあなたのそばにずっと寄り添い続けている。だから私は決して振り返らず、後悔もしない」
……だからどうか、あなたも悲しまないで欲しい。そんな深い愛情を誓った歌なのです。
エピローグ愛しい者たちと離れたくない。誰も傷つけたくない。戦いたくない。
それでも武人たちが決断したのは、決して偉い人の命令なんかではなく「愛しい者たちを、自分の手で守りたい」その一心によるものでした。
もし自分が逃げてしまったら、この愛しい者たちを誰が守ってくれるだろうか。
「私は生命ある限り、大切なあなたをお守りする」
その誓いを嘘にしてしまったら、私はあなたに顔向けできないし、そんな自分を赦すことができない。
だから心は、心だけは大切なあなたのそばに寄り添いながら、私は戦場へ行くのです。

「どれほど遠く離れようと、心だけは、ずっと愛しいあなたのそばに」
どうか愛しいあなたよ、一度も振り返らない私を見て、薄情だなどと思わないで欲しい。私の背中は泣いている。愛情の深いあなたのことだから、きっと解ってくれると信じている。
どんな最期を遂げようと、私は決して後悔しない。なぜなら、心はずっと大切なあなたのそばに寄り添っているから。だから……どうか悲しまないで欲しい。
「征ってきます」
……そんな思いが、この短い歌に込められていることを思うと、涙をこらえずにはいられません。
もし良かったら、一度「海ゆかば」を聴いてみて下さい。できれば、口にしてみて下さい。
かつて武人たちが望んだ平和の尊さ、愛情の深さを感じることができるでしょう。
※参考文献:
新保裕司『「海ゆかば」の昭和』イプシロン出版企画、2006年12月
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