歌舞伎役者を略奪で思い出す、近藤サトの略奪婚 子作り禁止令が出るほど梨園の風当たりが厳しかった?【芸能界“ドロ沼”不倫ファイル】 (2/2ページ)
しかし、誰かの意思によって阻まれるというのは、私にとって理解できませんでした」と訴え、大きな話題と関心を集めた。
「すでに三津五郎さんには巳之助が後継者としていたために、後継者争いを防ぐ目的で子作りが禁止されていたそうです。不倫の末の結婚は、近藤への風当たりも厳しく、後援者やごひいき筋からは肩身の狭い思いをさせられ、さらなる追い打ちをかけられたといいます。また、三津五郎さんの連れ子たちとの確執も噂され、特に巳之助は、父親の不倫騒動で負った心の傷は相当なものだったようです。家庭内暴力や高校を中退しては荒れた生活を送り、近藤への増悪は深まるばかりで家庭内がうまくいかなかったと聞きました」(芸能関係者)
近藤は、2003年12月にイベントプロデューサー・今岡寛和氏との再婚と妊娠を発表。04年6月に悲願の長男を出産し、ようやく我が子を手にした。一方の三津五郎さんは、15年2月にすい臓がんのため死去。近藤は、このとき追悼のコメントを出しているが、巳之助は快く思っていなかったことが一部で報じられている。
歌舞伎界だろうが、男女問わず不倫は決して許されない行為である。だが、それでも不倫に走る女性は、「愛した人にたまたま妻がいた」のか、あるいは「妻がいる人を愛した」のかでも他人の捉え方は変わっていく。言うまでもないが、鈴木は後者であることが、残念でならない。