芸能界「魔性の女」完全ランキング<昭和流転編>(1)樋口可南子が放った名言 (2/2ページ)
「小坂とは結婚を前提につきあい、2年で別れました。それから間もなく映画『道頓堀川』で深作欣二監督と出会い、二人の仲は映画関係者の間では公然の秘密でした」(ベテラン芸能記者)
6位の山本陽子(77)はスキャンダルに巻き込まれた女優の筆頭だろう。最初は78年のドラマ「白い巨塔」(フジテレビ系)の主演だった田宮二郎の散弾銃自殺に端を発した。
「遺書も発見され、躁うつ病の末の自殺だったと言われているのですが、マスコミはあることないことを書き立てた。巨額の借金をしてM資金話に乗せられたとか、自殺の背景に愛人問題があったと言われ、山本の名前が取り沙汰されたのです」(ベテラン芸能記者)
83年には21歳も年の離れた沖田浩之との交際が騒がれる。二人は恋愛を否定したが、怒った沖田の母が「息子をどうするつもりか」と詰め寄ったこともあり、その後、破局。95年に一般女性と結婚した沖田は99年に首つり自殺し、この世を去った。
5位は「逃避行」という言葉が一時、流行するほどだった高橋伴明監督夫人の関根恵子(65)=現・高橋惠子=。15歳のデビュー映画「高校生ブルース」で鮮烈ヌードを披露して一躍時の人になったが、作家の河村季里氏と恋に落ち、79年の主演舞台「ドラキュラ」をすっぽかして失踪してしまう。原因は三角関係と言われ、みずみずしいヌードとのギャップでその魔性ぶりが浮き彫りになった。
4位は「魔性の女」を象徴する名言で知られる樋口可南子(61)だ。82年、当時コピーライターとして引っ張りだこの糸井重里氏との不倫が明るみに出るが、樋口は決然として「妻子ある人を好きになったんじゃない。好きな人にたまたま家庭があった」と言い放ち、一歩も引かなかった。結局、正妻の座を射止め、今も夫婦仲は円満だ。