天才テリー伊藤対談「伊藤銀次」(1)曲のコピー習得は解体新書みたいに (2/2ページ)
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銀次 そうですね、いろんな音楽や人との出会いがあって、今の僕があるんだと思います。
テリー ではまず、銀次さんと音楽の出会いはどんなところから。
銀次 幼い頃から「ザ・ヒット・パレード」なんかを楽しんではいましたが、決定的だったのは中学生の時「ビートルズが全英・全米で大騒ぎ」っていうニュースをテレビで見たことです。興味を持って、知り合いが持っていたシングル盤を借りて聴いた瞬間に、もうやられてしまいました。とにかく切なくて、激しくて‥‥そんな音楽に出会ったことはなかったんですよ。そこでビートルズ目当てで、ラジオの洋楽ヒットパレードなんかを聴くようになったんですが、他にもビーチ・ボーイズやローリング・ストーンズ、カンツォーネとかシャンソンみたいな、いろんなポピュラーミュージックを浴びるように聞きました。
テリー ギターはいつから弾き始めたんですか。
銀次 中学の頃からなんですが、エレキギターは高校入学のお祝いにグヤトーンの、当時いちばん安いギターとアンプを買ってもらったのが最初ですね。もう勉強そっちのけで本屋に教則本を買いに行ったんですが、これがもう全然使えなくて。
テリー えっ、どうしてですか。
銀次 あとで知ったんですが、ビートルズのキーは高すぎるから、わざわざ日本人向けに下げて書いていたんです。だから「キャント・バイ・ミー・ラヴ」なんて、そのまま弾くとオリジナルと違ってすごく悲しい曲になっちゃって(笑)、これはもうダメだと思って、自分でコピーすることに決めたんですよ。
テリー ええ~、すごい!やっぱり天才は違うなァ。
銀次 いえいえ、とにかく「あの曲が弾きたい!」の一心だったんです。これがまた、レコードにプレーヤーの針を落として、ジャッと聴こえた音をギターでひとつずつ探すという、解体新書みたいなやり方で。
テリー それは時間がかかるでしょう!
銀次 ええ、最初は1曲1カ月ぐらい。でも、それでだんだん耳が慣れてきて、どんな曲も、聴けばコピーできるようになったんです。当時、コードコピーできる人間が周りに誰もいなくて、4つぐらいバンドをかけ持ちしていましたよ(笑)。