西郷と上野の深い関わり。薩摩藩士だった西郷隆盛の銅像が東京・上野にある理由とは? (2/2ページ)

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上野恩賜公園にある彰義隊の墓(筆者撮影)

これは、上述の江戸城無血開城によって江戸の町を戦火から守った功績を認められた証といわれており、彰義隊と衝突した舞台である上野が建立地に選ばれた。西郷像の裏手には彰義隊の墓も存在している。

鹿児島の西郷像

著名な歴史上の人物である西郷にまつわる建造物は全国各地に存在する。中でも故郷の鹿児島には上野と同様に2体の銅像が建立されている。

西郷没後50年を記念して建立された鹿児島県鹿児島市にある銅像は、東京・渋谷にある「ハチ公」像を創作した安藤照によるものだ。

同じく、鹿児島県霧島市にも銅像が存在する。実在する人物のものとしては国内最大の10.5メートルに及び、西郷の没後100年を記念して作られた。銅像の誘致場所は公園として整備され、「西郷公園」と名付けられている。

色あせない魅力

2018年には大河ドラマになるなど、過去に様々なメディアにも取り上げられてきた西郷隆盛。生前は多くの藩士や民衆に慕われた人望ある男であったといわれている。

今も昔も、日本人支持率の高い人物であることは間違いないだろう。

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