コロナは歴史の岐路か ウイルスに勝った国と負けた国の明暗 (2/2ページ)
■感染症対策で国力が逆転したイギリスとフランス
アステカ帝国に限らず、天然痘はヨーロッパでも多くの死者を出した。この病気への対応で後の数世紀にわたって明暗を分けた国がある。イギリスとフランスだ。
イギリスでは1721年、天然痘への対策として「種痘」がヨーロッパでいち早く導入された。「種痘」とは、天然痘患者からとった膿を健康人が接種し免疫をつけるという、現代の予防接種につながる医療手法である。当時ヨーロッパでも後進国だったイギリスで、なぜこのような天然痘対策が早期に実現できたのだろうか。
国内で天然痘が猛威をふるっていた1700年、イギリスで唯一の正当な王位継承者であったアン王女の息子が、天然痘で亡くなるという悲劇が起きたのだ。イギリス国内では深い悲しみとともに、天然痘への強い危機感が生まれ、「種痘」を積極的に受け入れることになった。結果、死者数を大幅に減らすことに成功したのだ。
一方、当時の大国・フランスはどうだったか。ヨーロッパの大陸側では「種痘」に対して、「神の御意志への干渉」、「健康な人びとの間に危険な流行病をいたずらに広げるもの」という偏見が大きく、導入が進んでいなかった。結局フランスでも、ルイ十五世が1774年に天然痘で亡くなるまで、種痘への組織的な抵抗が残っていたという。イギリスに遅れること、50年が経過していた。
この対応の差はそのまま死者数の差となって表れ、人口、つまり国力の差につながってゆく。世界史をひもといてみると、このころから大英帝国は海外での隆盛の道を進む一方、フランスは静かに勢力を失墜していることがわかる。天然痘への対応が、両国の明暗を分けることになったのだ。
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ウイルスや疫病への対応が、その後の国の行方を左右するということは、歴史が証明しているまぎれもない事実である。
今回のコロナ禍を見ても、世界的な対応はさまざまだ。人的被害や経済へのダメージを最小限にとどめ、いち早く社会を元の状態に戻せた国は国際的な影響力を増し、遅れた国は今後数十年にわたって国力の低下に苦しむことになるだろう。
本書からは、人間といえども地球の自然の一部でしかないこと。それゆえに、常にウイルスをはじめとした環境の影響を受け続けざるをえないことを、強く印象づけられる。
今まさにウイルスという自然の脅威にさらされている日本はこの先、どのような道を辿ってゆくのか。大きな岐路に立たされているいま、過去の歴史から学ぶべき一冊ではないだろうか。
(新刊JP編集部)
*本記事の「巨大文明・アステカ帝国を滅ぼした真犯人」の項目において、当初「北米」を「南米」と誤記したまま配信しておりました。読者の皆様には大変ご迷惑おかけし、申し訳ございません。お詫びの上、記事を訂正させて頂きます。