恐るべし伊達政宗!キトラ古墳の世界観が仙台城下には隠されていた
中国の風水では、東西南北の四方位には、方位を守護する禽獣の神(玄武・白虎・朱雀・青龍)が宿ると信じ、その中心はあらゆる厄害から守られ、永遠の繁栄を招くと考えられてきました。
日本では自然環境エネルギーの作用を大地の形状でとらえ、この4つが揃うと「四神相応の地」と称して大吉相と尊ぶのです。
北の玄武は高い山、東の青龍は川の流れ、南の朱雀は沢畔、西の白虎は大道。
奈良のキトラ古墳(築造7~8世紀)の石室には、四壁に四神が描かれています。天井には、現存する世界最古の天文図が描かれ、星座には金箔が施されています。
参考:国営飛鳥歴史公園
中国では、天空の主な28宿を7宿づつ4つに区切り、四神を配しました。(*中国では星座の座を「宿」という)
下の右図は全天を円として見た場合の星宿図です。玄武に属する星座を振り分けまとめると98度の角度が出来ます。青龍は75度、朱雀は112度、白虎は80度。(*天文図では東西が逆)中央には天皇大帝の「北極星」があります。
左図は、仙台城下に配された四神の角度です。中国の星宿図の四神の角度と一致しました。
守るべきは仙台城本丸ですから、本丸を中心として(紫微宮と見立て)、北の玄武は「亀岡八幡宮」、西の白虎は「太白山」、南の朱雀は「瑞鳳殿」、東の青龍は「松島青龍山瑞巖円福禅寺」。
伊達政宗公は城下建設の際に、大地形状だけではなく、中国の星宿図を取り入れ、天空の星を地上に降ろしたのです。
太白山この4地点の中では、自然の地形として太白山は動かせませんから、まず最初に太白山を白虎と決めたと思われます。名称に「白」が入ります。
松島瑞巌寺奥州の高野と称されるほどの聖域で、古くから高僧が修行に訪れた場所ですが、長年廃寺となって廃れていたところを、政宗公の師匠である虎哉和尚が再建しました。
四神配置は、高度な天文知識がなければできないことで、四神の本旨から逸脱せずにずらすことが出来た人物は、虎哉和尚と考えられます。
京都の大将軍八神社には中国から伝わったとされる天文図の拓本がありますが、それによって学ぶことができたのは虎哉和尚と東昌寺(現青葉神社)の初代住職で政宗公の大叔父である大有和尚です。瑞巌寺の正式名称に「青龍山」が入ります。
亀岡八幡宮四代藩主綱村公の時に建てられました。ここは365段(創建当時)の石段を有する高さがありますが、驚くべきことに土盛りの人工の山で、形は亀になぞらえて作られたという説があります。
案内板には「大いに土木を起こし」とだけ書いてあり、創建時の経緯は謎です。伊達家が福島に領地があったころからの氏神を祀っており、松尾芭蕉と曾良が仙台に来た時、真っ先に立ち寄っていることから、重要な神社であったことがわかります。
名称に「亀」が入ります。
瑞鳳殿政宗公自ら、自分が死んだらここに埋葬するよう遺言した場所とされます。伊達家の霊域として長年禁断の地であったため、藩政時代そのままの自然環境が現在まで維持されています。
朱雀は赤い鳥、鳳凰でもあり、子午の呪術でいうと南は’火’ですから火の鳥ともいえます。政宗公の不死、再生を願って子午の呪術を施した場所のひとつです。名称に鳳凰の「鳳」が入ります。
東北の三大祭りのひとつ「仙台七夕」は伊達政宗公の発案とされます。七夕は中国の乞巧奠(きっこうでん)という星祭に由来します。政宗は七夕に関する和歌を8首詠んでおり、この時すでに七夕の行事を取り入れていることがわかります。
政宗公はもうひとつ、城下を守るために六芒星の結界を張りました。
次回へつづく。
参考:星の街仙台
この物語は、歴史的資料の存在しない、限りなく史実に基づき推理を重ねた「仮説」です。四半世紀以上にわたる個人研究調査の成果として配信している、オリジナルの創作物であることをご了承の上お楽しみください♪
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