大原麗子【享年】62【死亡年】2009年 難病再発の上、脳内出血。死後2週間も発見されず…(他) (2/2ページ)
本田美奈子【享年】38【死亡年】2005年
白血病で衰えゆく姿が克明にお茶の間に!
1985年にアイドル歌手として華々しくデビューし、90年代からはミュージカルなどにも活動の場を広げた。04年から高熱を発するなど体調を崩すことが多くなり、05年に白血病をわずらっていたことが判明する。その後は治療を行うも、悲運にも本田が発症した白血病は極めて治療が難しいタイプのものだった。闘病生活では、抗がん剤の影響でのどの奥まで炎症が発生し、水を飲むことすら苦しい状態だった。その様子は連日メディアで報道され、痩せ衰え、髪が抜け落ちた姿は多くの人々に悲痛を感じさせた。しかし、衰弱していく中でも本田は明るくふるまい、偶然にも同じ病院に入院していた恩師の作詞家・岩谷時子に対し、彼女の回復を願って歌い続けたという。最後まで自らの回復を信じ続けた本田だが、入院から10カ月後の05年11月に死去。だが死の直前、本田は白血病患者支援のための団体を設立しており、08年には岩谷に捧げた歌がCD化するなど、彼女は死後もなお活躍し続けている。
林家小染【享年】36【死亡年】1984年
ある意味で噺家としての使命を全うした人生!
大阪出身の落語家で、若手時代は月亭八方、桂文珍らと「ザ・パンダ」というユニットを組み人気を博した。噺家としての実力も高く、将来の大看板を期待されていたが、反面、酒ぐせが悪いという一面を持っていた。1984年1月、泥酔して街をさまよっていた小染は、突如として車道に飛び出してトラックに轢かれ、その2日後にこの世を去った。当時、小染と親しかった笑福亭鶴瓶によると、彼は「トラックと相撲をとる」と言い残し車道に飛び出したという。あまりにも愚かな行動が招いた死だが、「芸を行う」という落語家の役割を、文字通り命をかけて全うしたとも言えるかもしれない。その後に小染の幽霊を見たという目撃談が、生前の彼と親交のあった人々から続出した。