江戸時代の吉原で最高級の遊女「花魁」になれる禿(かむろ)の条件とは? (2/3ページ)
花魁の客が被った時には「名代」といって、花魁の代わりに客の相手(ただし客は振袖新造に手を出してはいけない)をすることもありました。
そして振袖新造が17歳になると、晴れて正式な遊女として客を取るようになり、その後は「昼三」「付廻し」などと呼ばれる高級遊女へとステップアップしていきました。
高級遊女になるための第一歩は、まずは引き込み禿となることだったのです。
花魁になれない禿はどうなるの?当然と言えば当然ですが、禿の中には「花魁候補」に選ばれない子も当然いました。
その場合、彼女たちはどうなるのでしょうか?
「引き込み禿」に選ばれなかった禿や、10歳を過ぎてから吉原へ来たなどの理由で遊女としての十分な教育を受けられなかった遊女は、15歳になると「留袖新造」となりました。
振袖新造と留袖新造の違いには
・服装(振袖新造は振袖、留袖新造は留め袖を着ていた)
・振袖新造は17歳までは客を取らないが、留袖新造は15歳になると客を取らされる
・留袖新造は高級遊女には上がれなかった
などがありました。
振袖新造より早くから客を取ってはいたものの、まだひとり立ちはできず、姉女郎である花魁についていました。
ここまで見ると、最高級の花魁になれるかどうかは原則として吉原に売られてきた年齢と、楼主に将来性を見込まれるかどうかにかかっているように思えます。
しかし勝山のように、湯女(私娼)から逮捕されて吉原に身柄を引き渡された後に最高位の太夫にまで上り詰めた例もあります。