志村けん『エール』ドラマ初出演で“いかりや長介超え”の伝説へ
コロナ禍に世が揺れる中、民放ではドラマの再放送が相次ぎ、新しいドラマが見られない状況が続いている。しかし連続テレビ小説『エール』(NHK)は、毎日放送中。最近は視聴率も好調で、5月19日の放送は番組最高となる平均視聴率22.1%(ビデオリサーチ調べ/関東地区/世帯)をマークした。
物語は主人公の古山裕一(窪田正孝/31)とヒロインの音(二階堂ふみ/25)が結婚し、裕一がいよいよ本格的に作曲活動に没頭しはじめ、昭和の名作曲家、古関裕而をモデルとした本作も加速度的に面白くなってきた。そんな中、ツイッターをにぎわせたのが「存在感ある演技」「COOLでかっこよかったね」「役に徹しようとしている様子が伝わってきます」というコメントだ。これらは主人公の裕一を演じる窪田正孝に対してのものではない。新型コロナウィルスによってこの世を去ってしまった、志村けんさん(享年70)への喝采コメントだ。
志村さんが演じている小山田耕三は、日本を代表する作曲家という役柄。コロンブスレコードに裕一と契約するように進言した人物であり、裕一が憧れる人でもある。そのモデルは童謡『赤とんぼ』の作曲家として知られる、音楽界の巨人、山田耕筰だ。志村さんが演じる小山田がドラマに登場すると、さっそくその「重鎮感」が話題となったが、セリフがそれほど多くない中、志村さんは笑いがいっさいない演技でこの偉人を表現しようとしてきた。
中でも、5月15日放送のシーンが実に見事だった。穏やかな笑顔でアイスを食べ、うれしそうにしていた小山田が、直後、裕一から、小山田と同じ青レーベル(西洋音楽のレーベル)で作曲したいと話しかけてきたことで豹変。「古山くん。赤レーベルではどんな曲を出したのかな? 君は赤レーベル専属の作曲家だよね」と、冷たく言い放ったのだ。このひと言だけで、青二才の裕一との格の違いを印象づけた。言いようのないシブさと威厳を見せる志村演じる小山田にゾクッとした。
説明するまでもなく志村さんは、ザ・ドリフターズのメンバーとしてコントを行い、以降も喜劇の世界で生きてきたコメディアンだ。ドリフの先輩、故いかりや長介さんが『踊る大捜査線』(フジテレビ系)などで俳優としての地位を確立した後も、コメディアンであることにこだわった。俳優としての仕事は唯一、大好きな故高倉健さんから直電オファーが届いたということで出演した1999年の映画『鉄道員』だけで、コントひと筋、喜劇を極めてきたのだ。
志村さんの演技を見ると、セリフだけでなく視線の送り方や仕草といった、言葉以外の表現力の幅広さに驚かされる。これは70歳を超えるまでコメディアンであり続けた、彼だから成せる技だ。顔やアクションだけで日本中の笑いをとってきた男は、どうすれば人に芝居が伝わるのかを熟知していて、シリアスなシーンをやっても、やはり達者だった。
■映画『キネマの天地』もハマり役だったはず
今年は山田洋次監督(88)の最新映画『キネマの神様』に、菅田将暉(27)とのダブル主演が決まっていた。しかも無類のギャンブル好きのダメ親父という役柄で、これは志村さんのハマリ役となったはずだ。温かみがある演技で名を馳せたいかりや長介さんとはまた違う、志村さんならではのはっちゃけた演技で、俳優としてブレイクした可能性も大いにあった。
志村けんさんは、大先輩の長さんを、俳優として超えられたかもしれない。『エール』の短い芝居で役にシンクロし、存在感を出しまくる姿を見ると、ついそんなことを夢想してしまう。そして『エール』で見せた役者魂の裏には、今後は俳優にも本気で挑戦したかったという野望が見え隠れして、その急逝がなおのこと切ない。
『キネマの神様』は代役が沢田研二(71)に決まったが、一方の『エール』は代役なしの方向と報道されている。これは制作陣の大英断ではないだろうか。ふてぶてしいがどこか憎めない小山田耕三は、志村さんでなくては困るのだ。もしもっと長く生きていたら……。毎日テレビを眺めながら思ってしまうが、この素晴らしい演技を、どうか最後まで噛み締めたいものだ。(朝ドラ批評家・半澤則吉)