吉高由里子、「本番しなくていい?」迫った!/女優「初脱ぎ・初ベッド」秘話(1) (2/2ページ)
小川の述懐である。当初は別の役を演じるはずが、連続殺人犯の情婦をやりたいと今村昌平監督に直訴したほどの熱意であった。
師である平尾昌晃とのデュエット「カナダからの手紙」(78年)が大ヒットした畑中葉子は、その翌年には結婚・引退という選択をする。ただし、新婚生活は半年ももたなかった。
畑中は恥を忍んで所属事務所への復帰を申し出る。
「事務所には『グラビアの仕事ならあるぞ』と言われました」そして「日活ロマン映画」からもお誘いがあったが、その言葉も知らず、「脚本家の方に用意していただいた3つのシナリオを見せてもらい、どれも『できません!』と言ったんです」という。
脚本家は激怒し、さらに事務所も「これをやらないなら次はない」と最終通告。土壇場で覚悟を決めた畑中の主演作「愛の白昼夢」(80年)は、大方の予想を覆して「ロマン映画」として空前の大ヒットを記録した。
国際派女優の島田陽子は、角川映画の第1作「犬神家の一族」(76年)で、一瞬の脱ぎ姿を見せているが、ただし、裏があった。市川崑監督の策略にハマッて後の祭りだったと回想している。
「クロロホルムをかがされて、気を失っているところを襲われるんです」といい、ラッシュのフィルムではバストトップが出てないバージョンだったというが「公開されたらまんまと映っていて、監督はさすがだなあと苦笑しましたよ」とのご本人談である。
もはや伝説の域に達しているのが、吉高由里子(31)がオール脱ぎを見せた「蛇にピアス」(08年、ギャガ)だ。蜷川幸雄監督との顔合わせで、いきなり服を脱ぎ出してこう言った。
「胸、そんなに大きくないけど見ますか?」
さらに吉高からは、こんな発言も飛び出す。男女の営みシーンについては、
「本当に“本番”するものだと思っていた。しなくていいんですね?」
19歳の天衣無縫な女優魂を見せつけたのだった。