ジャンボ鶴田没後20年「番記者が語る」リング下の素顔 (2/2ページ)

日刊大衆

エリートとして始まったプロレス人生、そのレールの上を破綻なく走行する乗客の少ない「ワンマンカー」。それが、かつての鶴田だった。

 私は記者という立場で、ときには挑発的な質問をぶつけ、鶴田の内面をあぶり出そうとしたが……次のように返されたことがある。「俺は俺のプロレスをやるだけ。それがイヤな人は、ファンになってもらわなくても結構」

 ゴーイング・マイウェイ。「鶴田を表紙にすると雑誌が売れないんだよなあ」が、山本さんの口癖だった。

 ところが、90年代の初頭。鶴田がワンマンカーにファンを意欲的に乗せ始めた。転機となったのは天龍ら所属選手の大量離脱。にわかに存亡の危機に立たされた全日本プロレス。鶴田はデビュー以来、初めて迷い込んだ深い谷底で、上を向いた。なりふり構わず泥臭く、ファンの声援を背に、谷から這い上がっていった。

 その過程で見せた三沢光晴らとの闘いは、私にとって「鶴田最強説」の論拠となっている。40歳を過ぎてもなお見せつけた無尽蔵のスタミナ、抜群の跳躍力。はたして、誰が相手であれば、鶴田を心身ともに疲弊させることができたのか。私には、いまだ答えが見つからない。鶴田に「勝てる」レスラーはいても、鶴田を「圧倒する」レスラーは、どこにいたのか。いやいや、鶴田は大したことないよ、と証言する関係者は少なくない。それもいいと思う。

 何より没後20年経過してもなお「最強論争」のターゲットになっているという事実が、「鶴田では雑誌が売れない」時代を知る者として感慨深い。人々の間で熱く語られ続けること。これもまた一流レスラーならではの素養である。(文中一部=敬称略)

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