反町隆史とTOKIO山口が同僚!伝説の「ジャニーズJr.グループ」
6月28日放送の「『麒麟がくる』までお待ちください 戦国大河ドラマ名場面スペシャル」(NHK)では、02年の大河ドラマ『利家とまつ 加賀百万石物語』の特集が放送。織田信長を演じた反町隆史(46)が、大いに話題となった。
「反町は当時28歳。信長を演じるには少し若かったですが、SNSでは“怖くてかっこよかった~これぞ 信長といった感じだった”“反町の本能寺は信長が乗り移ったんじゃないかと思ったくらいだった”“正に「ザ・信長」でした。”と絶賛の声で溢れていました。目力も声も迫力があって、本当にカッコよかったですからね。
番組では反町が当時を振り返るコーナーもあり、“ショーケン”こと萩原健一さん(享年68)が演じた明智光秀とのやり取りを振り返っていました」(番組関係者)
『利家とまつ』では、反町が当時52歳の大先輩である萩原を蹴り飛ばしたうえ頭を掴んで何度も床に叩きつけ、最後には殴り飛ばす、という一幕があった。これについて反町は、
「撮影がいついつって言われたら、前の日も前の前の日も眠れなくて」
と当時の心境を明かしていたほか、本番で勢い余って本当に萩原の頭を床にぶつけてしまい「ヤバい」と思ったが、萩原に「いまのシーンよかったよ」と褒められた、と嬉しそうに語っていた。
「“ブームで終わらない人は存在感が違う”という声もSNSにありました。水谷豊(67)主演の刑事ドラマ『相棒』(テレビ朝日系)で15年から4代目相棒・冠城亘を演じていることからも、いまだに人気が健在なのが分かります。また、98年の主演ドラマ『GTO』(フジテレビ系)の主題歌『POISON~言いたいことも言えないこんな世の中は~』も、意外な理由で現在でも多くの人に広く知られていますね(笑)」(女性誌記者)
反町の『POISON』は、10年代ごろからSNSで「聴かせると、赤ん坊が泣き止む」として広く認知されるようになった。
■反町隆史はジャニーズだった!
「今年4月11日の『朝日新聞 withnews』で埼玉大学名誉教授で乳幼児音楽教育学が専門の志村洋子さんが科学的に解説していますが、赤ちゃんは定期的なリズムはあるけれど、音が外れたり強化されていたり、アクセントが強くされるような音楽を聴くと“おや?なんだろう?”と思い、泣き止むそうです。
最近のファンは知らない人も多いですが、反町は01年に休止するまではミュージシャンでもありました。さらに言えば、反町はジャニーズJr.として芸能界入りしていたんです」(専門誌記者)
反町は中学3年生当時、本名の“野口隆史”名義で、ジャニーズJr.ユニット『平家派』として活動していた。『平家派』は、『光GENJI』のヒット曲『剣の舞』のバックダンサーグループとして『スケートボーイズ』出身のメンバーを中心に結成されていて、雑誌、コンサート、歌番組の3派閥に分けられていたため、30名以上の大所帯だったという。
「いまにして思えば、とんでもないメンツでした。TOKIO・城島茂(49)、山口達也(48)、国分太一(45)。V6・20th Centuryの坂本昌行(48)、長野博(47)、井ノ原快彦(44)が参加していたほか、第3期WANDSの2代目ボーカリストを経てソロシンガーとなった松元治郎(49)も参加していたんです。その他大多数は芸能界を引退してしまいましたが、いまだに“伝説”と呼ばれるグループです。当時10代の山口達也と城島茂が並び、その隣に反町、続いて国分と坂本がひとつのフレームに仲良く収まっているグラビアも、当時は珍しくなかったですね」(前同)
■08年に一度復活するも、11年を最後にまた休眠
その後16歳で反町はジャニーズを辞め、ファッションモデルとして『メンズノンノ』(集英社)などで専属モデルを務めたほか、『パリ・コレクション』(パリコレ)にも出演。94年に現在の事務所に移籍し、その後、俳優として大ブレイクを果たした。
「伝説のグループだった平家派ですが、08年に『ザ少年倶楽部プレミアム』(NHK BSプレミアム)で同窓会と称して、ジャニーズに残っていた城島・山口・国分・坂本・長野・井ノ原ら6人で再結成したこともあります。10年12月に『FNS歌謡祭』(フジテレビ系)に出演して『Graduation』を披露したほか、08~11年まで毎年『ザ少年倶楽部』のクリスマススペシャルで『STAY WITH ME』など、往年の名曲を披露していました」(前出の女性誌記者)
10年12月24日の『ザ少年倶楽部プレミアム』では、坂本が「コンサートをしたいね。今の俺たちならなんでもできる気がする」と話していたり、国分が「やっぱり、サングラスをかけたMCの人のところでやりたい」と、夢を語っていた。名称こそ伏せていたが、「タモリさん(74)の『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)に出演したい」ということだろう。
「残念ながら、11年以降、平家派はまた活動を休止してしまったほか、18年に山口が不祥事を起こしてジャニーズ及び芸能界を引退してしまったので、当時の平家派がまた一人いなくなってしまいました。5人になっても、いつかもう一度平家派を復活してほしいですね」(前同)
俳優として大成功をおさめた反町。山口の件は残念だったが、アイドルとしてやはり大成功を収めたTOKIO。両者が若い頃同じ釜の飯を食べていたと考えると、どこか感慨深いものがある。
反町もTOKIOも、いつまでも輝いていてほしいーー。