静岡で麩菓子といえば「ピンク色」らしい 他県民は知らない「さくら棒」文化の謎を追った (3/3ページ)

(画像はあさぎり@Asagiri48さん提供)
ピンク色の麩菓子がメジャーになった理由についてもう少し探るべく、Jタウンネットは6月25日、長いさくら棒を販売する三島食品(三島市)の専務・伊丹千尋さん(32)にも話を聞いた。
三島食品は1958年に製麺所として創業。97年頃に富士宮市の製麩所から事業を引き継ぎ、現在は麩を専門に取り扱っている。伊丹さんによれば、さくら棒を製造している工場は高齢化などの理由で廃業が続き、県内でも数えるほどだという。
さくら棒がピンク色の理由について、伊丹さんは、
「諸説ありますが、戦後ぐらいに麩の周りに塗る黒糖が入ってこなくなり、白い砂糖を代用して塗ったのが始まりだと聞いています。白いお麩に白い砂糖を塗っても見えないので、食紅を入れてお麩自体をピンク色にしたそうです」
と話す。
さくら棒の考案者を発見?さらに7月3日、Jタウンネットは、さくら棒の元祖ともいわれる浜松の佐藤麩店からさくら棒作りの事業を引き継いだ、大黒屋商事(藤枝市)の山口毅雄さん(31)を取材。山口さんを通じて、元職人の佐藤健さんに話を聞いてもらったところ、
「作ったのは佐藤さんが最初だったようです。最初は『さくら木(ぼく)』という名前にしようということで、黒糖を使わずピンクにしたのが始まりだったそうです。長いさくら棒も作っていましたが、こちらは最初かどうか分からないです」
とのことだった。
山口さんが事業を引き継ぐ際に始めたクラウドファンディングのページによれば、佐藤麩店は1949年に創業し2018年頃に廃業。「さくら木」が誕生した時期は、正確には分からないが50~60年ほど前だという。
なぜ静岡でピンク色の麩菓子が広まったのか、それは地元の人でも分からないそうだが、古くから親しまれてきたことは確かだろう。さくら棒、一度は食べてみたいものだ。