江本孟紀が「原辰徳名将論」を語り尽くす!クビ直後の屈辱エピソードとは? (2/3ページ)
すると開口一番、あっけらかんと、
「あ、江本さん! クビになりました」
と告げられた。
「こっちはどうにかその話に触れないように、と思っていたから驚きました。少し立ち話をして『じゃあ頑張って』と立ち去ろうとしたんです。そしたら呼び止められた。振り向くと鬼の形相で『こんな屈辱は人生で初めてですから!』と吐き出すように言ったんですよ。相当悔しかったし、たまってるものがあったんでしょうね。この苦い体験が、原辰徳という野球人を名将にしたのです」(江本氏)
原監督の人生の転機は、「レール」の上から叩き落とされ、どん底から再スタートを強いられたことにあったのだ。
「今でも多くの人が『エリートでお坊ちゃん』『苦労知らず』『さわやかな若大将』という現役時代の原監督のイメージを持っていると思います。でも、実際は相当の苦労人。ドラ1のエリートだ何だと言っても、あの巨人の4番ですから、それに見合う成績を残さなければいけないのです」(江本氏)
エリートの王道を歩むには、とんでもない重圧に打ち勝つ必要がある。そして、その道を歩んだ先に待っていたのが「クビ」という、非情な現実だった。原監督にしてみれば、こんな皮肉な結末を許すわけにはいかなかったはずだ。
「『絶対に成功してやる、見返してやる』というバネになったことは間違いないでしょうね。2年後、堀内巨人のBクラス低迷で早々に復帰することが決まりましたが、そこからの原監督は『自分は勝つために、こういう野球をするんだ』という、非常に強い信念を持った指導者に生まれ変わったと思います」(江本氏)
江本氏の考察を補強するように、第2次原政権で12年から14年まで、1軍戦略コーチと1軍打撃コーチを歴任した現BCリーグ・新潟アルビレックスBCの橋上秀樹総合コーチが次のように証言する。
「私が現役からコーチ時代にかけて関わってきた全ての監督の中で、いちばん非情になれる、勝負に徹する采配ができる監督は、間違いなく原さんでした。