永遠のライバル!武田信玄VS上杉謙信の川中島の戦いを改めて振り返る【その1】 (2/2ページ)

Japaaan

川中島合戦地図Wikipediaより

第1次川中島合戦

実は1548年と1550年にも北信濃の攻略を試みていた信玄でしたが、2度とも北信濃の戦国大名で葛尾城主の村上義清によって敗れていました。

天文22年(1553年)4月、リベンジをかけて武田信玄(当時は晴信)が北信濃に出兵。実は北信濃は要所ゆえに小規模の城がたくさんあり、次々にその城を攻略していきました。

その中のひとつが既出の葛尾城であり、今回も村上義清は武田軍を打ち払おうとしたわけですが、ここで一つ大誤算が発生。今まで葛尾城の支城として一緒に武田を打ち負かしたはずの砥石城が今回はなんと武田側に寝返っていたのです。

どうなる、村上義清!

(第二回へつづく)

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

「永遠のライバル!武田信玄VS上杉謙信の川中島の戦いを改めて振り返る【その1】」のページです。デイリーニュースオンラインは、川中島の戦い戦国時代カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る