歴代総理の胆力「麻生太郎」(1)べらんめえ口調で人気もあったが… (2/2ページ)
同時に、ホテルのバー通いなども批判の対象となり、麻生自身への求心力が低下一途となったことが、解散に踏み切れない要件となったのだった。
しかし、民主党の小沢一郎代表(当時)の公設秘書が違法献金事件で逮捕され、北朝鮮による長距離ミサイル発射実験などもあり、解散のタイミングはあった。だが麻生は結局、決断できなかった。これには、自民党のベテラン議員からこんな声があったものだった。
「どうも側近、取り巻きが的確な情報を麻生に入れてなかったとみている。麻生は自派の大親分だから、遠慮もあったようだ。だから判断がブレた。結局、このブレが、麻生政権の命取りになったということだよ」
主君と側近の理想的な関係は、側近は時に主君にとって耳に痛い情報であっても、正確にそれを伝えられる関係にあるかということである。耳ざわりのいい情報ばかりを入れていると、主君は判断、決断で取り返しのつかないミスを犯すことになりかねない。これが、「側近政治」の怖いところで、麻生派にはそうした危うさがあったということだった。
そうした中で、麻生はツキにも見放され、ジレンマの連鎖のなかにいた。総選挙があればその前哨戦になるとされた東京都議会議員選挙をはじめ、地方選ではことごとく敗北といったありさまだったのだ。ついには、自民党内からも「麻生降ろし」の声が出始めるといった具合だったのである。
■麻生太郎の略歴
昭和15(1940)年9月20日、福岡県飯塚市生まれ。学習院大学政経学部卒業。麻生セメント社長、日本青年会議所会頭を経て、昭和54(1979)年10月、衆議院議員初当選。平成20(2008)年9月、内閣組織。総理就任時68歳。現・副総理兼財務大臣。現在79歳。
総理大臣歴:第92代 2008年9月24日~2009年9月16日
小林吉弥(こばやし・きちや)政治評論家。昭和16年(1941)8月26日、東京都生まれ。永田町取材歴50年を通じて抜群の確度を誇る政局分析や選挙分析には定評がある。田中角栄人物研究の第一人者で、著書多数。