照ノ富士が語った!「奇跡の復活勝利を果たすまで」 (2/2ページ)
判官贔屓のムードの中、館内には“モンゴルへ帰れ!”といった心ない野次も飛んでいました」(前出の相撲記者)
日本中を敵に回しての一戦は、稀勢の里が逆転優勝。その際の胸中を照ノ富士は、こう振り返っている。
〈(野次は)本当は聞こえていましたよ。自分だって人間ですからね……〉
照ノ富士もまた、このとき深い傷を負っていたのだ。
〈13日目、古傷を痛めてしまったのは自分の責任ですし、そういうことを人前で言うべきじゃないと思っていました〉〈どうせ自分はヒール(悪役)だから、何を言っても通用しないでしょ(笑)〉
そんな無理がたたってか、17年9月に大関陥落。すでに満身創痍の状態だった。
〈大関から落ちることが決まった時点で、引退を決意して、師匠(伊勢ケ浜親方)に、「辞めさせてください」と言いに行ったんです〉
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